仏教の真髄は
自己解体とその再構築


松原泰道

 私はよく人生をマラソンレースにたとえて、四十歳を過ぎたあたりに”折り返し点“があるのではないかとたびたび書いたりお話してきました。そうした考え方をすると、人の一生がじつにうまく辻褄があってくるのです。折り返し点までの、前半の走りはもちろん大切でしょう。しかし本当の勝負どころといえるのは、人によって多少のずれはあると思いますが、出発点でもあるゴールに向かって、来た道を再び戻っていく後半、肉体的にも精神的にも最もきつくなる五十代か、その前後にやって来るようです。そこをどのように走るかによって、前半の走りの意味まで大きく違ってきます。(中略)
 東洋には「心身一如」という、こころと体を一つのものととらえる思想がありますが、年齢とともに体が変わってきたのに、こころだけ昔のままではいられません。若いときの価値観や人生観が徐々に変わり、自分というものに対する考え方も変化してくる。あるいは意識的にそれを変えていかなければなりません。(中略)
 人は誰でもそれまでの自分を壊しながら、困難を乗り越えていきます。病気、定年、老い、配偶者との死別、孤独・・・。人によってその程度は違いますが、何らかの形で自分を壊さなければ、乗り越えられないのが人生の正念場なのです。そこで自分をとことん解体し尽くした人ほど、そのあとはいきいきとした自分を再構築していかれるようです。だから釈尊は「自分を積極的に壊しなさい」といわれるのです。(中略)
 仏教にはいろいろな教義の流れがあって、宗派ごとに坐禅や念仏、観想などさまざまな、いわゆる「行」が存在していますが、それらはすべて、「自分を壊す」ことを目的にしているといっても過言ではありません。(中略)
 何を、どう壊すか。そして、いかに再構築するのか…ここで結論を急ぐ必要はないでしょう。急いでわかったもの、あわてて理解したものには、それだけの薄っぺらな価値しかないものです。(中略)
 しかしあなたが、あらためて『般若心経』を読んでみようと思われたことは、間違っていません。よくぞ間違わずに選んでくだすったと喜びたいほどです。なぜなら「色即是空」「空即是色」という、あまりに有名な一節が示すように、このお経のテーマは〈自己解体と、その再構築〉にあるからです。
 色即是空。『般若心経』に見られるこの四文字について、古来どれだけの人が筆をとったかわかりません。般若思想の核心であるとともに、仏教の真髄でもある一句を私は「自分などというものはないんだよ」と訳したいと思います。

『般若心経』という生き方
 禅僧から届いた七通の手紙 松原泰道 著
 現代書林2001年1月18日初版
     (第一の手紙)  より抜粋