禅の会会報 第43号 (2000年12月2日)

◆三門の言葉◆
もみじばを
風にまかせて
見るよりも
はてなきものは
いのちなりけり

「心をどこに置くべきか」
松原 哲明
いまから三〇〇〇年も前に、黄帝という伝説のエンペラーがいました。黄帝は広成子なる仙人を呼び、不老長寿の法を授けるように命じます。黄帝は、きっとなにやらを煎じてつくった丸薬を雨露で飲むものと思っていたところ、広成子は黄帝を斎戒沐浴させ、なんと、二十一日間、腹式呼吸させただけでした。それは、おへそのすぐ下に気海丹田という気の海があって、そこに、気を集めろというのでした。気は心と申しますので、心も気海丹田に置けとなりましょう。
気すなわち氣の字は、中に米と書きます。つまり、気とは、ご飯を炊くときに噴き上がる湯気をさします。ブワーッと噴き上がるほど、気そのものは元気一杯、精気みなぎらねばならないでしょう。少しのことで、びびってしまっては、弱気すぎます。
その元気の素を、気海丹田におさめておく。しかし、噴き上がる性質を持っている、これを逆上といいます。ほうっておくと、気は逆上して気海丹田を出て、胸のほうに上がってきます。それを、上気するといいます。
上気すると心もドキドキします。もっと上に気がのぼり、頭にくれば、プツンと切れる。このようにして、本来おさまっているべきところから逸脱するとバランスが崩れ、体調を壊し、やがて病気になると考えられてきたのです。
では逆上してくる気をどのようにして、元の気海丹田に戻すか? それには、腹式呼吸がいい。逆上して上がってくる気を、腹式呼吸で元の気海丹田におさめる。それを二十一日間繰り返す。そうして、気海丹田を錬る。それが心の丹錬だと。なにやら、うなずけませんか。
気をどこに置くか。それは、心をどこに置くか、と同じともいえるでしょう。それは、道元禅師が宋の時代、中国に禅修行に出かけたとき、天童寺の如浄禅師から、心を左の掌の上に置くようにと指導されたことでもわかります。坐禅したときに、左の掌はちょうど、おへその下の、気海丹田の位置になります。ここで、気も心も気海丹田におさめることが明確になりました。(中略)
さて、もう一つの心の置きどころです。先に書いたように、「一無位の真人」といって、一つの所在不定の心。臨済禅師が『臨済録』の中で「赤肉団上に一無位の真人あり。常に汝ら諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ」が出拠です。
あなたの身体の中に、所在地のわからない一つの心があります。それはあるときは顔に出、あるときは口から発する言葉となって現れてきます。まだはっきりと見ていない者はきちんと見なさい、という意味です。
たとえば、なんでもないようなことを言われても、すぐにカーッとなって怒った心が顔に現れてしまいます。言葉も同じく、蜂のひと刺しのごとく、それでもって相手の息の根を止めてしまうような場合があります。それが、殺人剣(一方、その一言で生きる勇気を与えられる場合もあります。それを活人剣と言っています)。このようにして、あるときは顔に、またあるときは口に現れるというわけで、心は一定の所在地をもたないがゆえに「一無位の真人」と表現したのです。『華厳経』に「仏のたまわく、諸々の弟子よ、無義の語を離れ、常にみずから話すべき所を護り、語るに時を知り、語は法に従い、語は以て人を利益するもののほか、戯れにだもなさざれ」とあります。まず、無意味なことを話してはならない。どうでもいいような、雑音に等しいようなことを口にしない。話すときは、話に責任を持たねばなりません。後で訂正するようならば、最初から口にしないことです。(後略)
『心が迷った時の25章 禅に学ぶ』 松原 哲明著
より抜粋しました。
軽井沢・秋の禅の会
十月八日、午後二時の開校式に集まったのは、岩沢、川島、小林、杉本、土屋、浜野、山梨、吉田の男性のみ八名(夕刻には山本さんも参加)。何時から女人禁制になったのかと、不思議に思ったものの、これなら厳しい僧堂の雰囲気を味わえるかもと全員気を引き締めて、作務に取りかかった。
日足も短くなった午後五時からは、平林寺修行道場から出てこられたばかりの千葉武彦(ぶげん)さんの指導で坐禅。愛情のこもった警策が心地よい。
哲明先生も到着され、信樹さんも加わって、 夕餉は第一夜から般若湯を酌み交わしながら鍋料理。三宝会企画の来春の「五台山参拝旅行」等に話の花が咲いた。
第二日の目玉は、武彦(ぶげん)さんの「平林寺あれこれ」。言語を絶する厳しい修行のさなかでの、ご自身が演じた珍談奇談に抱腹絶倒。しかしその中にも、武彦さんの暖かな人間味を感じることが出来た。十時からは吟行を兼ねた俳キング。山梨さんが町の観光課で調べてくれた「千ヶ滝せせらぎの道」は、樹木も多くしっとりとしたコースで、終点には岩をも砕かんばかりの豪快な滝があった。
夕方から、本日参加の紅一点大久保さんも加わって、味噌鍋料理を囲んで俳句の品評会兼表彰式。成績は、別掲の通り。
哲明先生から、入賞作品を例題にしての漢詩講座があり一同大いに勉強になった。次回はひょっとして漢詩作品のコンクールがあるかも?。
第三日の閉会式では、思い思いの感想を述べあい、また武彦さんが赴任される島根の十楽寺での再会を約して散会。
句会入選作品
せせらぎの音を聞きつつ落ち葉踏む 浜野好春
千ヶ滝紅のえくぼの秋化粧 吉田学
夕なじむ秋の禅堂セキひとつ 山梨豪之
秋の夜の闇に谺す策の音 川島房男
一燈に秋しみわたるコップ酒 千葉武彦
車座に雲水にゐて露けしや 小林宏基

見 跡 (三十九)
弘舵郎
地球一周船の旅、港について
長い航海が終わって船が港に入る。「アンカー・レッツ・ゴー」錨がガラガラーカラカラと落ちる。「フィニッシュ・エンジン」の声がかかれば、今まで生き物のように身を震わせていた船はピタリと静かになる。ブルワーク(舷側)に身をまかせ異国の風景を眺める船員、大きな土産の魚を下げて、慣れた足どりで歩み板を渡って上陸する漁船員。雨の中を相合い傘で送られて、桟橋から通い船に乗り移る船員、彼がじーっと遠ざかる彼女の姿を見つめている風景、これらが歌謡曲で歌われる港の情緒だろうか。
今回の航海でも二十ヶ所近い港に寄った。入港の時はまだ暗い朝も、夕焼けの時もある。多くの人が船橋の下あたりに群がって、どっから入るか、どこに着岸するか、パイロットボートは来たか、カメラや双眼鏡をのぞいてガヤガヤ賑やかなものである。岸壁らしいものも見えず入港口の分からないのが良い港、波も入れないからである。
今回の旅ではドブロブニク、ハバナがそんな港であった。日本では私の体験では函館や佐世保が印象に残っている。港とはプールで泳いでいるとき、つかまる手すりの感じがした。中国大陸に突き当たってホンコン・シンガポール・マラッカ海峡をぬけてコロンボ、アラビア海を渡ってセイシェル、それからアフリカのモンバッサア、紅海をぬけてから地中海の港にアッチコッチ寄って大西洋を渡るまえにラスパルマス、七日間走ってハバナにとりつくという感じであった。港には予め代理店を通して注文してある食糧、ビール、果物が岸壁に積んであったり、給油船が横付けされて油の積み込みが始まる。水は殆ど岸壁の水道管からの給水で昔のような給水船はみなかった。国によっては民俗色の濃い歓迎セレモニーが行われた。
東京も横浜も港がつまらなくなった。船はみんなコンテナヤードに着岸するので、艀荷役のデリックのガラガラというのどかな音もない。昔のように山下公園のベンチに座って目の前に浮かぶブルーフアンネルやMM汽船などの外国船を見ながらおもいを異国によせることもできなくなった。ましてドックのカンカン虫の音などは聞くよしもなくなった。
【注】
(1)アンカー・レッツ・ゴー…錨を落とせ
(2)フィニッシュ・エンジン…エンジン停止。
(3)パイロットボート…水先船
(4)ドブロブニク…クロアチヤ地方の港町
(5)ハバナ…キューバの首都
(6)セイシェル…インド洋にある国(マダガスカル島 の北)
(7)モンバッサ…アフリカ・ケニアの貿易港
(8)ラスパルマス…スペイン領カナリヤ諸島の貿易港
(9)コンテナヤード…コンテナの操 作場
(10)デリック…俯仰起重機。荷を水 平垂直に移動させる。
(11)ブルーフアンネル…青い煙突が 特徴であるイギリスの船会社青 筒汽船のこと。
(12)MM汽船…フランスの船会社名

この一年
N・A生
ミレニアム、ミレニアムと賑やかだった今年も、早いもので師走を迎えました。この一年色々なニュースの中でも特に心にかかることは、社会のあらゆる分野でこれまでに予想だにしていなかった出来事が次から次へと起きて、ますます深刻さを増していることです。学級崩壊、家庭崩壊、医療ミス、企業のモラル低下、経営者の倫理観の欠如、政治不信などなど枚挙にいとまがありません。このような現代の世相をまさに乱世というのでしょうか。
ふと、大分以前に読んだ伊藤肇さんの本を思い出しました。そこに書かれていたことをご紹介したいと思います。
中国の古典の「荀子」の中に、乱世の兆しとして現れる世相について、次のように書かれているといいます。
『ソノ服は組。ソノ容ハ婦。ソノ俗ハ 婬。ソノ志ハ利。ソノ声楽ハ険』
それぞれの意味は、
『ソノ服ハ組』=組とは色々なものを組み合わせて作った華美な服装のことで「きらびやかで退廃的な贅沢品」
『ソノ容ハ婦』=男性の女性化のこと。
『ソノ俗ハ婬』=風俗が淫らになることで、例えばポルノが巷に溢れ家庭にも侵入してくることなどをさす。
『ソノ志ハ利』=国のため或いは社会公共のためとかは全然考えず利己一点張りなこと。
『ソノ声楽ハ険』=歌も音楽もとげとげしく、どこか気狂いじみていること。
一つ一つの項目を読んでいると、何年か前から私たちの毎日の生活の中で実感してきたことばかりで、今日の兆しだったのでしょうか。二千年以上も前の中国で言われていたことが、そのまま現代の日本の世相にそっくり当てはまる現実を見て驚かされます。「歴史は繰り返す」の諺のように、人間の本質には変わりがないのだから、このようなことは当然繰り返されるものだとか、或いは今の世相は歴史の流れの中の一つの時代の「流行」だというふうには割り切れない思いです。乱世を早く通り抜け希望に満ちた二十一世紀を迎えるためには、また歴史の知恵を借りることが必要なのかも知れません。
第三回 水晶会書初め展 ご案内
皆様にはご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、この度「第三回水晶会書初め展」を昨年に引き続き左記のように開催させていただく運びとなりました。
一歩一歩の前進ではありますが皆様方にご高覧頂き度
ご案内申し上げます。
日時 平成十三年一月六日(土)七日(日)
十時三十分〜十六時三十分(七日は十五時まで)
会場 龍源寺 花園会館 東京都港区三田五ー九ー二三
水晶会一同

◆編集便り◆
★ ミレニアムと大騒ぎして始まっ た一年も大過なく終わらんとして います。来年もよろしく。 (弘)
★ 当寺でも坐禅会が行われている 鰍sKCの代表取締役会長飯塚毅氏が歩んでこられた、
青年時代からの峻烈な坐禅一筋の生き様に圧倒されました。
「会計人の原点」 「自己探求」他(TKC出版)
(房)
★二十世紀最後の年も終わります。 皆様方には大変お世話になりました。新世紀も宜しくお願いします。
(慎)
★ 錦繍の秋、実りの秋もそろそろ 終盤。今年も無事十二月の会報43号を発行することができました。
来年もなお一層のご支援よろしく お願いします。
『ぎんなんを拾ひ 拾ひてなほ拾ひ 六甲』 (元)
