───十 牛 図───H               松原哲明


返本還源

仏心仏性が分かるまで随分時間がかかりました。
 仏心仏性は眼には見えません
 でも、現前に露堂々にあらわれています
 水は自ずから茫々、花は自ずから紅と

 この境涯をなんと説明したら良いでしょう。
 仏心仏性は、心に一物の事をも生じない状態です。眼・耳・鼻・舌・身・意も生じない。これ無生心っていうのです。無生心には意(心)も生じない。
 あえて言うならば、空気でしょう。仏心仏性は空気。眼・耳・鼻・舌・身・意も生じていない。
 その空気のような仏心仏性のなかにすべての存在があります。すべての宇宙の存在は、仏心仏性に浸りきっています。そうなると、仏心仏性の空気に浸りきっている存在は、すべて仏心仏性をそなえていると見抜く。禅は学問という知識では理解できません。我々は幼稚園の時から頭脳で悉くさばいてきましたが、禅はセンスという智慧の働きなので、学問では突き止められない。
 ここまで分かるのに随分時間がかかりました。信仰、通仏教と通り抜けて、やっとたどり着きました。
 仏心仏性は空気のようで眼には見えず。しかし、現前にちゃんと現出してるではありませんか。その仏心仏性の空気越しに河は河として流れ、花は紅に咲き誇る。
 仏心仏性に浸りきっている、河や花を、そう感じたら、しめたものです。
 そうではなくて、河は流れ、花は咲くのは当たり前というのでは、センサーが鈍りきっていますよ。