生死の詩

三島・龍澤寺 中川宋渕老師

  四、杖

おろかな召使がいた        主人から              そのうち
「これは 世界一         その杖を持たされて         その主人が大病にかかって 
 おろか者の 持つ杖だ      悲しみながら 泣きながら      いよ/\臨終の間際に
 お前よりなほ          己れよりなほ            なった
 おろか者を見つけて       おろか者ハゐないかと        これから遠い/\所へ
 手渡すがよい          さがし求めたが           旅立つのだ そうだ
 それまでは いつも       とう/\見付ける事が
 こいつを持ってをらねバ     出来なんだ
       ならぬのだ」


おろか者が訊いた         ハタと膝を打って          そして おろか者ハ
「行く先ハどこですか」      おろか者ハ叫んだ          持たされていたその杖を
「そいつァ わからん」                        主人に持たしたのである
主人が答へた          「これから              
「道順は?」           遠い旅に出ようと云うのに      
「そいつも分らん」        その行先も道順も知らず       
「お支度ハ出来とるんですか」   支度も準備もしてをらん
「いや何にも出来とらん」     あなた こそ
                 世界一のおろか者よ」


上は『生死の詩』なる、エッセイの中にあるものです。
宋渕老師の親友が、高見順さんでした。
その高見順さんが危篤となり、老師はその臨終の枕頭で、
昔話を語り、友の死を見とったのが『生死の詩』です。