生死の詩
三島・龍澤寺 中川宋渕老師
四、杖
おろかな召使がいた
「これは 世界一
おろか者の 持つ杖だ
お前よりなほ
おろか者を見つけて
手渡すがよい
それまでは いつも
こいつを持ってをらねバ
ならぬのだ」
主人から
その杖を持たされて
悲しみながら 泣きながら
己れよりなほ
おろか者ハゐないかと
さがし求めたが
とう/\見付ける事が
出来なんだ
そのうち
その主人が大病にかかって
いよ/\臨終の間際に
なった
これから遠い/\所へ
旅立つのだ そうだ
おろか者が訊いた
「行く先ハどこですか」
「そいつァ わからん」
主人が答へた
「道順は?」
「そいつも分らん」
「お支度ハ出来とるんですか」
「いや何にも出来とらん」
ハタと膝を打って
おろか者ハ叫んだ
「これから
遠い旅に出ようと云うのに
その行先も道順も知らず
支度も準備もしてをらん
あなた こそ
世界一のおろか者よ」
そして おろか者ハ
持たされていたその杖を
主人に持たしたのである
上は『生死の詩』なる、エッセイの中にあるものです。
宋渕老師の親友が、高見順さんでした。
その高見順さんが危篤となり、老師はその臨終の枕頭で、
昔話を語り、友の死を見とったのが『生死の詩』です。
お正月の禅の会
一月四日(土)午後一時半から行いますので、
ご来山下さいますようご案内申しあげます。
CCC ◎ 法 要
CCC ◎ 法 話 松原 哲明
CCC ◎ 祝 宴
CCC ◎ 会 費 一人一千円也
お車での来寺には、駐車場の余裕がありません。

秘 薬
二年前に赤信号で停車中のハイヤーが、トラックに追突されました。後部座席に乗っていた私は、道路脇の満開の桜をながめるために横向きになっていたので、ムチ打ちにもならず助かりました。
運転手さんは、ものの美事にムチ打ちとなり、イテテ……といいながら首を押さえていました。
ぶっつけたトラックの運転手は若い女性で、動転して“大丈夫ですか?”といいますと、ハイヤーのドライバーは“早く救急車を呼びなさい”といい“自分は運転できない”といって運転席に倒れたのです。
ハイヤーはセンターラインの近くで停車したまま。これでは二次衝突が起きるでしょう。“私は大丈夫。救急車はいらない”というと、ドライバーは気をとりなおし、ヨロヨロとした動きをさせながら、ハイヤーを路肩の方に寄せました。これで一安心。
“お客さん、やっぱり、すぐに病院で診てもらった方がいい。” “いや、十一時から講演があって、病院なんかに行ってる時間なんかないんだ”“タクシー拾うことにする” といってドアを開けたら、フラフラする。ドライバーもフラフラでした。私はタクシーを拾い、乗車すれば、“お客さん、事故?すぐに病院に行かないと”と、タクシーの運転手さんがいいます。しかし時間がありません。
講演会場は二階になっており、足に力が入らずのぼれません。ようやくのことで会場に入れば、社長が私の様子がおかしいのに気付き“もう講演はいいですから、病院へ”といわれましたが、仕事に穴はあけられません。
脳しんとうを起こしていたのでしょう。フラフラしてましたが、なんとかやりとげ、パーティにも参加。帰路、ホーム・ドクターの検診と血液検査を受け、次の講演会場に向かったのです。
するとケイタイ電話が鳴り、ドクターがいいました。“血糖値五三五、(もう一つの数値の名を忘れましたが)十・五”といわれてもその意味が判りません。
あとで判ったのですが、これは糖尿病では最悪の数値、コンスイ状態になってもいいとか。しかし、家系には糖尿病もちはおりませんし、この年まで糖尿のトの字も聞いたことがないので、クスリをもらったけれど、飲んだり飲まなかったり、半年位、放っておりました。
自覚症状というと、駅の階段がのぼりにくい。疲れやすい。とにかく水をガブガブのんでおりました。そして、しばらくぶりでドクターのところにゆくと“ぜんぜん下がってないですよ。さて、そろそろ何かが起きそうですね。眼底出血を調べて下さい”とおどろかされました。
糖尿病の方々に私のデータを話すと、とんでもない数字だよ、早く診てもらった方がいい、いい医者を紹介するからと、中には顔色変えていう人もいました。
ようやく、事の重大さに気づきました。が、自分には心底からこの数値に対して危機感もなく、いわれた通りに、ドクターから出されるクスリを飲んですごしておりました。
そんなある日、私が主宰する禅僧の勉強会があり、“自分は三五〇の十一でしたが、三カ月で一六〇の六・六まで下がった”というのです。
その秘薬はと、たずねると、タマネギと、ハチミツと酢だというではありませんか。そんなもので糖尿が治るのかい? と、笑えば、いや、だまされたと思ってためしてみて下さいと、真面目な顔でいうのです。
タマネギを細く切り、水でさらし、そこにハチミツを少々入れ、酢を加えるだけ。それを一日に、タマネギ四分の一、食べるのだそうです。いいといわれたのは神仏から手をさしのばされたこと。それをやらなければ、バチくらうと思い、食べはじめました。これがウマイのなんのって。
三カ月後の検診が待ち遠しくなりました。なぜなら体調が今までとは全く違っていたからでした。“これ松原さんのデータ? 別の人のじゃないの?”とドクターがいうくらい。一六〇と五・五になってました。ひとつ、おためしください。糖尿の方。