ブッダが生まれて7日目にして、母のマーヤー夫人(ぶにん)は亡くなります。
その日に、同じく、シュッドーダナ王のもとに嫁いできた実の妹のマハープラジャーパティー夫人に赤ちゃんが生まれました。
マハープラジャーパティー夫人は、自分の赤子の世話を乳母たちにまかせ、姉の子であるブッダの面倒を見ます。その養育ぶりは、実母よりもまさっていたと伝えられています。
普通ならば、マハープラジャーパティー夫人にしてみたら、母なき姉の子のブッダよりも、わが子のほうにシュッドーダナ王のあとをつがせたい。一般世間でいうならば、継母によるいじめも起こり得るであったろうにと推察することも出来るのに、です。
私は、何度も何度も、ブッダ誕生の地をたずねました。なぜ、妹は自分の子を乳母に託し、姉の残していった一粒ダネのブッダに、精魂込め養育にあたったのかを。誕生地ルンビニーの風に聞きたかったからです。
一行が、お産をするために向かったマーヤ−夫人の故郷、ラーマにあるデーバダハ城の途次、緊急のお産になり、ブッダは生まれました。ブッダが安定しはじめるのとは逆に、母は重病になって行きました。姉は、自分が産んだ、幼いブッダのことが気がかりでなりません。
そんな姉に、妹はささやいて誓ったのではないでしょうか。
「お姉さま。あなたの産んだこの赤ちゃん、必ず私が大きく立派に育てあげて見せます。どうか安心して下さい」。
ルンビニーに吹く風は、この私にそうささやいてくれました。
一行は、ルンビニーからカピラ城にU夕−ン。王子誕生に湧く国民は、王妃マーヤー夫人の安否を気づかいます。しかし、残念ながら、マーヤー夫人はブッダの生長を確かめることなく、この世から去ってゆくのでした。
(つづく)
*注 インドでは女性には必ず夫人(ぶにん)の名をつけることになっています。