ブッダが生まれて7日目にして、母のマーヤー夫人(ぶにん)は亡くなります。
その日に、同じく、シュッドーダナ王のもとに嫁いできた実の妹のマハープラジャーパティー夫人に赤ちゃんが生まれました。
マハープラジャーパティー夫人は、自分の赤子の世話を乳母たちにまかせ、姉の子であるブッダの面倒を見ます。その養育ぶりは、実母よりもまさっていたと伝えられています。
普通ならば、マハープラジャーパティー夫人にしてみたら、母なき姉の子のブッダよりも、わが子のほうにシュッドーダナ王のあとをつがせたい。一般世間でいうならば、継母によるいじめも起こり得るであったろうにと推察することも出来るのに、です。
私は、何度も何度も、ブッダ誕生の地をたずねました。なぜ、妹は自分の子を乳母に託し、姉の残していった一粒ダネのブッダに、精魂込め養育にあたったのかを。誕生地ルンビニーの風に聞きたかったからです。
一行が、お産をするために向かったマーヤ−夫人の故郷、ラーマにあるデーバダハ城の途次、緊急のお産になり、ブッダは生まれました。ブッダが安定しはじめるのとは逆に、母は重病になって行きました。姉は、自分が産んだ、幼いブッダのことが気がかりでなりません。
そんな姉に、妹はささやいて誓ったのではないでしょうか。
「お姉さま。あなたの産んだこの赤ちゃん、必ず私が大きく立派に育てあげて見せます。どうか安心して下さい」。
ルンビニーに吹く風は、この私にそうささやいてくれました。
一行は、ルンビニーからカピラ城にU夕−ン。王子誕生に湧く国民は、王妃マーヤー夫人の安否を気づかいます。しかし、残念ながら、マーヤー夫人はブッダの生長を確かめることなく、この世から去ってゆくのでした。
(つづく)
*注 インドでは女性には必ず夫人(ぶにん)の名をつけることになっています。
9月23日(休日)午前11時から行いますので
御来山下さいますようご案内申しあげます。
○法要
○法話
バザール
秋のおひがんの日に、皆さまからいただいたお品により、バザールを開きます。当日
で
も、よろしかったら、お品を持ち込んで下さいませ。
ありがとうございました。
10月第1土曜日12時30分〜13時30分。
花園会館にて『ナラ王物語』を読みます。(会費千円)
法華三昧の風、五台山をめぐる僧二人
日本で初めて大師号・慈覚大師を賜わった円仁(794〜864)は、承和(じょうわ)の遣唐船で渡海、開成5年(840)4月28日、山西省五台山の中台を望見、「地に伏して遙に礼し、おぼえず涙をふらす」と、著『入唐求法巡礼行記』に記す。当時の政府の許可がもらえず、天台山入りを断念した円仁が山東半島の赤山(せきさん)・法華院で悶々としていたおり、同寺の僧たちから「五台山には天台宗の和尚で志遠・文糶(もんかん)らがあり、今も法華三味を修められている。行かれたらいい」。とすすめられ、およそ1ヶ月の地上の旅をかけてたどり着いたのだから、感きわまったのだろう。筆者も同じような感動が得たく、いくたびか五台山巡礼をさせていただいているが、目に潤むものがない。が、今年2月に五台山の顕通寺にお参りし、下山するバスの中から、タ影に沈みゆく東台の名峰をながめていたら、思わず涙がにじんだ。これでお別れかと思ったからだった。
円仁は顕通寺(当時は大花厳守といった)で志遠和尚に会う。和尚いわく「文糶座主はここで『法華経』を講ずること数遍でした。我々は1日1食、常に法華三昧を修し、一心三観をもって心の要めとしています」と。円仁は一生普賢菩薩を見るを得て法華三昧を証せんと欲するなり」とつぶやいた。これは天台智顕(ちぎ)が南岳慧思(えし)に師事して法華三昧を発得したことをさし、その修行方法が普賢菩薩の色身を見ることからはじまるなどと記されている。
さて、直径50キロ、周囲200キロといわれる五台山中には霊所が多い。東台・南台・西台・北台・中台の頂上寺院を巡礼するのも、また山中の数十を拝塔するのも大変だし、その個々をここで取りあげるのも無理というものだ。ただ各所に巡礼道が残され、また元・政府高官のために廃された金剛窟も復活されるなど、うれしい話をお伝えしたい。五台を詣で、法華三昧の風につゝまれることもおすすめである。
五台山は文殊、峨眉山は普賢、九華山が地蔵、そして普陀山が観音、これを四大霊地とよんでいる。この一つ、上海に近い、舟山(しゅうざん)列島の開山が、なんと日本僧の恵萼(えがく)である。円仁はさきの著の会昌元年(841)9月7日の条に「聞く。日本僧恵萼、弟子3人は五台山に到る。其の師主は発願して十方僧の2人を留めて台山に住せしむ」と。このとき円仁は長安にあり、排仏の嵐下にあった。なお記す。「恵萼和尚は船に付して楚州に到れり。すでに五台山をめぐりて、今春は故郷に返らんと擬す」とも。が、実際に帰国したのは、承和14年7月18日である。
恵萼の生没年は判らない。仁明天皇・承和のはじめ、皇太后・橘嘉智子の命を受け、五台山にのぼり、皇太后製作の宝幡や袈裟などを施入した。円仁著の記事は、このときのことか?恵萼は再び入唐、五台山頂で観世音像を得、海路補陀山(ふださん)の近くを航海中、船が海中の石の上に着き動かなくなる。これは観音の発願と見ぬき、尊像を張氏の宅に安置、のちに一寺を開き補陀落山寺とし、後世、恵萼が開山とされた。祖師方の古墳をたずねゆくと、風の音が、わが若き日の学びの浅さに鳥肌をたてる。(佼成新聞より転)
(2001年3月に、龍源寺の三宝会で冬の五台山に参りました。その折の記事は『禅の会』のニュースに掲載されています。)

五台山南禅寺(後藤一敏 作)
遙尋南禅寺
古仏廟堂存
傷心破門出
村童笑顔迎
はるかに南禅寺をたずねた
古い仏が廃れたお堂にたたずんでいる
心をいため淋しく、破れた門を出ると
村の子たちが笑顔で迎えてくれた。
秋の軽井沢・日月庵の集い
恒例の集いを下記の通りに開きます。
〈記〉
○場所 群馬県北軽井沢町応築地蔵堂
○日時 10月12日〜14日までの2泊3日(2日目より1泊だけの方、勿論0K)
○電話 0279−84−4206
○FAX 0278−84−5095
○集合 現地に午後2時(1泊参加の方は2日目の随時)
○解散 最終日の午前中
○会費 1泊2食で2000円
(現地で参加者のみなさまより徴収させていただきます)
※現地への行き方は、秋のお彼岸のときにおたずね下さい。
〈お申込みは龍源寺へ〉
電話(3451−1853)
FAX(3451−6094)
お間違えのないように、お願いします。
※高度1000メートルの当地は、早くも秋のなかばです。朝晩は少し寒くなりますので、カーディガンなどご用意下さい。
服装は自由です。
※時に、高原の軽い散策や、山の湯に入ることもあります。それなりの準備をなさって下さい。