ささめごと
松原哲明
 
 艶といへばとて、ひとへに句の姿、言葉の優ばみたるにはあるべからず。胸のうち人間の色欲もうすく、よろづに跡なき事を思ひしめ、人の情けを忘れず、其の人の恩には、一つの命をも軽く思ひ侍らん人の胸より出でたる句なるべし。心のかざりたる輩(ともがら)の句は、姿、言葉は優しくとも、まことの耳よりは偽りのみあらはれ侍るべし。句の心清かるべからずとなり。

  室町時代の連歌作家である心敬(しんけい。一四〇六〜七五)の『ささめごと』の一節です。
 『ささめごと』は、心敬の歌論です。それによりますと、歌の艶というものは、ひとえに句の姿、あるいは言葉のやさしさをいうのではありません。艶とは、胸のうちに人間の色欲もうすく、すべてにおいて無常であることを知りぬいて、人の情けを忘れず、うけた恩の重さは自分の一つの命よりも重いと信じる胸より出でたる句をいうのです。心を飾りたてているようなともがらの句は、姿やことばはやさしいけれど、まことの耳を持っている人からしてみたら、ただの偽りのあらわれとしか聞こえません。つまり、句の心が清らかではないからです。と、なりましょうか。
 心敬は、和歌山の生れで、のちに京の東山山麓の十住心院の住持となり、権大僧都になっています。応仁の乱の前夜に京をはなれ伊勢に行き、さらに海路、品川に草庵をかまえています。また会津にも漂泊、相模の古寺に没しました。
 上の『ささめごと』は歌論でありながら、仏道と同じ心地修行を説き、句の中に人間性をきわめていく点では、歌論の到達点を示したとされています。