アメリカ時間の五月二十五日、私たち二人は二男の覚樹(正樹)のコーネル大学大学院のマスターコース修了(卒業)式に参列するために渡米しました。成田からニューヨークまで十三時間弱、時差十二時間でJFK空港に着き、二日ほどニューヨーク滞在中は知人らと旧交を温めたあと現地入りしました。「雨女」がブランドの家内らしく、ほぼ毎日の小雨でしたが、式の日だけは快晴。広大なグランドに約四千人の卒業生が参加、実に壮大でした。自由の国らしく卒業生は世界各国の若者たちが黒いガウンと帽子姿で入場すると、ケイタイが鳴り、自分の居場所を知らせるおおらかさ。しかし式が始まるや水を打ったような静けさ。式のあとは正樹も含めて主任教授ロー先生のゼミの卒業生が自宅に招かれてのパーティー。正樹も二年間のマスター生活を終え、二〇〇人に一人の難関をパスして、これから五年間のドクターの研究生活に入るとか。分野は東洋の文化で、これよりポーランド、バルト三国に教授の補佐としてカバン持ちすると、がんばる顔は生き生きとしてました。七月のお盆法要には帰ってくるでしょうと、ご報告します。
(本人、目下論文作成中につき代筆しました)
禅寺でもっとも必要な経典の一つとされるのが玄奘訳の『大般若波羅蜜多経』六百巻です。しかし龍源寺には存しません。経典自体は販売されておりますけれど「印刷物ではつまらない、どなたか有志の方々と、何年かかってもよいから手書きで写経し、龍源寺に収めたい」といわれている飯沼定子女史から、その基金として百巻分寄贈されました。
手書き浄書の場合、まず写経用の経本を求めなければなりません。そして一経巻につき、大体八千字ありますので、写経用の経本も一経巻(つまり一冊)がおよそ五千円必要となります。飯沼女史は「自分の代では完成を見ることがないだろうけれど、この志は娘に伝えてゆく」とまでいわれ、私としても何とか応じなければと思っています。
そこで次代につながる事業ゆえ、副住職の担当により徐々に展開することにしました。
総代・荒尾雅也さん、受章
頂いたものの名前は[イタリア共和国功労勲章・騎士勲章]です。勲章と共に頂いた、新聞1頁ほどの大きさの勲記によれば、[貴方の功績に対し、2001年6月2日の閣議において大統領の提案により承認されローマに於いて貴方に功労賞への授与を内閣府に登録されたことを宣言する]とあり大統領の署名がありました。
勲章は昨年末12月14日三田の在日イタリア大使館にてメガネッティー大使より頂戴しました。(赤穂義士討ち入りの日で、大使館の奥には大石主税などが切腹した場所で、きれいに手入れされた石碑があります。)
さて、勲記にあるイタリアに対する功労は何かは謎です。キット、イタ飯好きだからではと思ってます???。当日4人で戴きましたが、私以外は学者さんでした。私の理由は多分、明治5年に岩倉具視が伊藤博文などと共に米欧回覧のなかで、フィレンツェに行き、私の関係していた磁器メーカーのリチャードジノリに行き、そこでミート皿に署名をし、ゲストブックに随員などとサインを残しました。これはイタリアで文化財の登録されていましたが、ジノリの社内では現在は忘れられて居たものを、私が古いものの中に何かいいデザインが無いかなと、倉庫を漁っているときに発見しました。そこで在日大使館とも相談して復刻版を作り、サインを残されている方の子孫に贈呈しました。こんなことではないかと思っています。
西国・坂東33所観音霊場巡拝
企 画:龍 源 寺
「第一回西国33所観音霊場巡拝」
本年秋より西国33所観音巡拝を始めます。昨年の秩父34観音霊場と今年春より始めました坂東33観音霊場巡拝とで百観音巡拝を目指します。多くの方との縁をお待ちしています。
☆霊場は関西方面に分散。年に1回ないし2年に1回巡拝。
☆5回から6回ほどで満願予定。
☆先達は行樹副住職。
☆第一回は第1番〜第5番を予定。
第1回の行程
日 程:11月1日(土曜日)〜3日(休日)2泊3日
行 程:11月1日(土曜日)
*名古屋集合→伊勢神宮参拝→熊野速玉大社参拝(新宮)
→阿須賀神社参拝(新宮)→那智勝浦(宿泊)
11月2日(日曜日)
*旅館→浜の宮王子‥補陀洛山寺‥牧野々‥曼陀羅の道‥市野々王子
‥多富気王子‥大門坂‥熊野那智大社参拝・第1番札所青岸渡寺参拝
‥那智の滝‥那智高原(浜の宮王子〜那智高原まで徒歩)
那智高原→熊野本宮大社→湯の峰温泉(宿泊)
11月3日(休日)
*旅館→第2番札所紀三井寺→第3番札所粉河寺→第4番札所施福寺
→第5番札所葛井寺→新大阪駅解散
「第四回坂東33所観音霊場巡拝」
坂東第四回は、小田急線沿線の第5番札所〜第8番札所です。交通の便が悪く、参拝しにくいお寺さんです。この機会に、多くの方のご参加をお待ちしています。
〈記〉
日 時:9月20日(土曜日)午前10時00分集合(雨天決行)
集合場所:JR小田原駅
先 達:信樹副住職。
行 程:小田原駅集合→第5番飯泉山勝福寺→第7番金目山光明寺→
第6番飯上山長谷寺→第8番妙法山星谷寺→小田急線座間駅解散
*解散は17時を予定。
*各霊場間はバス・電車・タクシーを予定しています。
費 用:交通費、納経代300円
服 装:普段着でご参加下さい。
持ち物 :お弁当、飲み物、念珠、納経帳
柳緑花紅
SARSのために、四月の中国・河西回廊と六月の中国タクラマカン砂漠、雲南省の計三カ所の旅行が中止となりました。よって二冊の単行本が書けました
▼五月は予定通り、二男・正樹のコーネル大学大学院マスターコースの卒業式に参列してきました。表紙の写真がそうです。これから五年、ドクター研究生活に入ります
▼成田からニューヨークのJFK空港まではフライト十三時間、時差が十二時間です。帰りは十時間グッスリ眠りましたけれど、昼夜が全く反対ですから青老の身にはこたえます
▼帰ってすぐに二本松の青年海外協力隊で講話。今日は一日中、眠るつもりで時差とりに励んでいたら、ジュジュに叩き起こされました。あれでも、“昼間も眠てる奴があるか”って判るのかしら
▼長男はドクターコースが大体終り、三男はマスターに入ったばかり。兄弟は七月十日のウラボンの法要のときには帰国予定です。楽しみが増えてきました
▼総代であり弁護士さんの北村行夫先生の本当に親身にわたるご尽力により、観音堂のすぐ隣りの家屋と土地約三十坪をお寺に買い戻しました。ウラボンの法要のときにはきっとサラ地になっていることでしょう
▼境内には家内により、さまざまな植木、花壇が整備しつゝあり、今度の土地も境内地として、檀信徒の皆々さま、街の方々の心の休息地となるよう、お寺が緑いっぱいになるようにします
▼皆々さまの願いのおかげと、観音さまの妙智力により、ずい分、境内が広くなりました。これ以上は無理でしょうし、あとは子供たちがひとふんばりしてくれるはずです
▼お寺の整備をはじめたのはもちろん父母からの時代です。二人ともかなり年をとってきましたけれど、きっとよろこんでいてくれると思います
▼さて、今秋で北海道の観音巡礼は円成します。三宝会・禅の会の方々の中から自動的に西国巡礼(四国とは違います)をやりたいという声があがりました。こういう声は自発的であるが故に大切にしなければ……。ということで、別紙のとおりに行うことになりました。先達は良樹がつとめます
▼一方「坂東三十三所巡礼」も進行中です。こちらは信樹が先達です。五月三十一日の当日ですが、目下台風の影響で、これでもかといわんばかりの豪雨です。さて、どうしたのでしょうか
▼夏の軽井沢の日月庵および星雲苑研修所の利用がどんどん増えています。若竹会・仏像の会・写経の会・立正佼成会・黒岩さんの会・現代禅研究会・お茶の会などなどです。まだ余裕が少しあります。おたくのグループでいかがですか
▼母はときどき胸の痛みが発生しますが、リハビリと養護の病院と医療施設が併設されているので、そのたびにそちらに転院して治療を受けています。家内は毎日見舞いに行ってくれ、母はさし入れを愉しんでいるそうです
▼私も時折り見舞いに行くのですが、相変らず母親ぶって、なにかと指図します。もう六十余年、母をやっています。ところでこの近所で同じ病院に五人もの胸梗塞患者がそこに入院しています。SARSどころではありません
▼九月に前号の通り、臨済塔から天台山に行って欲しいと、妙心寺山内の霊雲院から懇請されていますが、さて、どんなものでしょうか。SARSになる前には“私でよろしかったならば、出かけましょう”と言ったのですけれど。約束事は注意しておかねばいけませんね
▼十一月には念願の南インドです。これは、ダルマ大師の故里の香至国や、大佛教学者の龍樹の生れたところですし、かの玄奘三蔵法師の巡歴の道程でもあります。人数は十名以内の、アットホームな旅を考えています
▼スリランカ経由で南インドに入り、南インドのデラックスでしかも優雅な旅を企画、別刷といたしました。なに分の青老ですので、体力がきわめて劣えてきたために、スケジュール中、連泊を用意しました
▼今度のコーネル大の行き帰り。時差がいまだにとれず、身体はガタガタです。インドの場合も長旅ですが、時差がアメリカの半分、愉しんで勉強して来ます。お申込みはお早目に
▼ダルマ大師は香至国の第三王子でした。学んだ禅を中国に伝えたく、広東から嵩山・少林寺に入り活躍した僧。わが三男は中国の禅の研究をするとか。二男は白隠の研究中、長男は中国の禅僧・中峰和尚の研究
▼それぞれ好きな人物を追い、こじあけて中に入ろうとしている真際中、できる限りバックアップします。(哲)